「頭のいい人」とは価値を創り出せる人のことだ

雑記

どうも、ハル(@haru_reha)です。

みなさんは「頭のいい人」と聞くとどんな人をイメージしますか?

成果を出す人はみんな頭がいいですよね。

でも「頭がいい」=「学校の成績がいい」ではありません。

もちろん学校の成績がいい人には頭がいい人が多いと思うのですが、中には学生時には成績が悪くても大人になって圧倒的な成果を出す人もいますよね。

ということは本質は学校の成績で表せるものではなさそうです。

ではその本質はどこにあるのか、考察してみました。

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「頭がいい人」とは?

「頭がいい人」と聞いてどんな人をイメージしますか。

 

・勉強ができる人?

・記憶力のいい人?

・計算が早い人?

・英語が話せる人?

・要領のいい人?

・決断力のある人?

 

たしかにどれも頭がよさそうですね。

でも最近思うのです。

本当に頭がいい人とは「価値を創り出せる人」なのだと。

 

価値を創り出すとは?

勉強ができる、記憶力がいい、計算が早いなどは確かに脳の性能はすごく高いと思うのですが、それ自体に価値があるわけではありません。

要はその能力を使って「どう人の役に立てるか」ということです。つまり「価値を生み出せるか」ですね。

ですから、いくら頭の回転が早くても、価値を生み出せない人は頭がいいとは私は思えません。

たまにいますよね。評論家を気取って頑張っている人をけなしたり、人の欠点を指摘したりする人。

そういう人は口ばっかりが上手くたちます。まさに「虎の威を借る狐」で、彼らの口からは様々な「すごい人」が語られます。

でもその人の現実の姿を見てみてください。一切の虚像を取り除いて、その実質を見てみてください。

その人には何もありません。実力も、実績も、信頼も。

だから口ばっかりが達者になるのです。自分に自信がないから、自分を大きく見せようとしたり、周りの人たちの評価を相対的に下げようとするのです。

その人の言葉を鵜呑みにしてはいけません。大抵はとてつもなく偏った意見で、自分を守るためだけの意見です。その言葉に価値はありません。

 

「頭のいい人」の思考

本当に頭のいい人たちは、人の価値を下げるような言動はしません。逆に価値を高めます。

頭のいい人は、物事がうまくいくよう自分の能力を使います。

人の価値を下げるより、自分の価値を実質的に高めるよう努力します。

その努力はわざとらしいものではなく、ひっそりと、コツコツと、当たり前のごとく行われます。

頭のいい人は、他人の邪魔をしません。邪魔をされるうっとおしさをよくわかっているからです。

頭のいい人は、自分の価値観に基づいて動きます。他人や環境に依存しません。自分の中で重要性の高いものに反応します。

周りが騒いでいたとしても、自分にとって重要でなければ反応しません。

頭のいい人は、引き算の美学を理解しています。何事も、多ければいいというものではありません。引く時は引きます。

頭のいい人は、枝葉の情報に振り回されません。まず幹となる情報を掴みます。「事実」と「意見」をきちんと見分け、不確定な情報は信じません。

頭のいい人は、知識を鎖のように繋ぎ合せます。断片的は知識は役に立たないことを知っています。

頭のいい人は、きちんと戦いのステージに立ちます。外野から野次を飛ばしたりすることはありません。

頭のいい人は自分の人生に責任をもっています。自分の失敗を他人や環境のせいにしません。自分が影響できることに注目します。

頭のいい人は、人の役にたつことに喜びを感じます。世界を変えることに喜びを感じます。世界を変えたいと願っています。

 

まとめ

僕の考える「本当に頭のいい人像」はこんな感じです。頭のいい人、というよりも自分がなりたい人物像なのかもしれませんが。

頭のよさは学校の成績で決まるものではありません。自分の長所を理解し、それをしっかりと活かす方法を考え、実際にそれを駆使して人の役に立てる人が「頭のいい人」なのです!

 

 

 

 

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